こんにちは、社会デザイン協会の鈴木です。
2回目の配信です。最近のニュースは、吉本の裏営業に端を発する、組織対社員の話ばかりだが、国政の参議院選挙について話さなければいけないのではないだろうか、と思うのです。というのも今や日本は、経済にしても情報にしても科学にしてもじり貧状態で、その状態を脱するべく政治による国の形の方向性を考えなければいけないはずなのですが、国政選挙にもかかわらず、今回の選挙での投票率が50%を切ってしまっているのです。まさに、選挙が形骸化された状態であり、マンネリ感なのでしょうか?国民のあきらめなのでしょうか???なぜあきらめなのかというと、やはりどうせやっても変わらんだろ、という気持ちが先立つからなんでしょうね。実はそうなってしまうのも、日本人が世界中の動きから立ち遅れていることにあるからのようです。その立ち遅れの内容は、世界中がボーンデジタルによるデジタルカルチャーの世界を築きつつあるような中、日本ではボーンデジタルはおろかデジタル化さえも四苦八苦している状態のことを指します。それは、政治の世界がボーンデジタルからは程遠い状態にあり、政治家の世界がいまだに長老の世界で、デジタルとは程遠い状態にあり、そのデジタルを受け入れる状態さえもないことにあります。まずは、ボーンデジタルの若者に、権限移譲をすることがいいのでしょうが、いまだに社会の中で高齢層が幅を利かせ、自分たちのいいようにしようとしている。さて、世界の中でも保身が強く変わることを恐れる日本は、いつくらいに変わっていくんでしょうね。
****目次*****
お知らせ:第4回持続可能な社会セミナー開催のご案内
おはなし:デジタルカルチャー
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~お知らせ~
2019年8月11日(日)15時30分から 第4回持続可能な社会セミナー開催のご案内 場所:秋田市役所中央公民館 洋室4にて 参加費:無料(ただし、お茶菓子代として、500円程度)
~おはなしテーマ:デジタルカルチャー~
昨日、東京の某大学研究所の国際シンポジウムに参加してきた。主テーマは、私の専門でもあるマーケティングだったので参加したのだが、日本の大学教員と海外の大学教員の話のやり取りに、違和感を覚えながら聞くようなシンポジウムであった。これは、なぜなのだろう?と考えていたところ、この違和感の原因に辿り着くことができた。
(すみません、前回予告していた具体的な方法は、次回に)
日本は、過去の栄光(高度経済成長の経験)があるからか、アナログのものをデジタル化して対応しようとする。一方、海外では、そもそもが緩やかに変化していったからか、身の丈を理解しており、かつ、デジタルは無形財と、今までの財とは異なることを認知した上で、はなっからデジタルベースで考えている。前回「人は目に見えないものを想像する力に乏しい」という考えを示したが、日本と世界では、この想像のステージが異なっていることを感じる。このベースとなる概念(現代社会をアナログからデジタル化して対応するのか、そもそもをデジタルで考えるのか)が異なっており、かつ日本では、前のところにしがみついたままでステージチェンジができていないため、シンポジウムでの会話がかみ合わないように感じられたのではないか、と感じた。
デジタルの世界は、無形財である。そのため、想像よりもさらに理想や希望が組み込まれた妄想に近いようなる形で想像されることで動き出す。そして、利用者に近いところで、求めているものを直接提供する形にもっていける存在でもある。私のもうひとつの専門分野に、電子書籍がある。この電子書籍の市場は、アメリカや中国ではどんどんと普及しているのだが、日本ではいっこうに普及する気配が見えない。この研究をしていると感じることは、日本では紙書籍を電子書籍にデジタル化することの対応しか考えられていないことである。なぜ、紙の形を踏襲しなければいけないのであろうか。デジタルが無形財である以上、もっと利用者が求めているものを素早く提供するための方法を考えるべきである。しかし、人はなぜ本を読むのか、の議論が薄い。また、ボーンデジタルの電子書籍の議論が薄い。
そもそも人が読書する理由は、その書籍から知識や情報を得るためであり、その得られた知識や情報をもとに、自分なりの解釈や理解を深めることで脳の深度を高めることにある。この最大目的を蔑ろにされた状態で電子書籍のことが考えられている。そのため、目的達成とは程遠い状態が生じてしまう。
もし読書の理由が、そこから得られる知識や情報から脳の真価を高めることが最大目的とするならば、その最大目的を達成するためのデバイスの開発や金額設定、コンテンツアイデアの開発を行うべきであるが、この視点が抜け落ちている。
実は、今の日本では、いろんなところで普及が進まず、苦しんでいる案件が散見される。政治の世界もそうである。(ちなみに、昨日の参議院選挙は、投票率が50%を切ったようで。国政選挙ですよ。そこに興味を示さない状況を作っている現在の日本政治は、考え直さないといけない時期に来ているのではないだろうか、と思う。)地域づくりもそうである。地域づくりのはじめに、なぜ、無料Wifiの設置が話し合われないのであろうか?(私の研究によると、若年層の便利不便の感じ方は、無料Wifiによって大きく変わることが明らかになっている。)この無料Wifiが設定され、かつその無料Wifiにだけ配信できるコンテンツを提供できるならば、実は地域の深い情報も提供できるはずなのである。しかし、このボーンデジタル(デジタル社会から考える考え方)によるデジタルカルチャーをベースとしたこと(それをやる目的達成のためにデジタルを使ってやること)を考えていかなければ、日本は、ますますじり貧状態が続いていくような気がします。
次回は、社会デザインの具体的な方法をお話ししたいと思います。
(文責:鈴木秀顕)